夏の小田原、足柄観光。 小田原城 [旅行]

小田原市内に戻って向かった先

小田原と言ったらやっぱり蒲鉾でしょ!!   ・・・違う!
小田原城でしょう。
いつもは時間潰しに西門から行っていましたが、今回は初の正面から入りました。
ここで意外な事が待っていました。


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小田原城の内堀でしょう。
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【国の史跡:小田原城址】

ここで予想外なモノが待っていました。


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何と紫陽花の群生です。
下調べで紫陽花祭りはこの撮影の前日まででした。鎌倉も近所の紫陽花ももう終わっていたので全く期待していなかったのですが、満開でした(^^)。
初めて見ました。この多くの株の紫陽花は!!
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いやぁ、感動です。
そして天守閣へと向かいました。
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【小田原城天守閣】日本百名城
この小田原城の最大の特徴は、当時の一大勢力豊臣軍に対抗するために作られた広大な外郭でしょう。
八幡山から海側に至るまで小田原の町全体を総延長約9キロメートルの土塁と空堀で取り囲んだものであり、後の豊臣大坂城の惣構を凌いでいたそうです。
1614年(慶長19年)、徳川家康は自ら数万の軍勢を率いてこの総構えを撤去させています。
地方の城郭にこのような大規模な総構えがあることを警戒していたという説も残っています。
ただ完全には撤去されず、現在も北西部を中心に遺構が残る。古地図にも存在が示されており、小田原城下と城外の境界であり続けた。明治初期における小田原町の境界も総構えでした。

当時の規模の面影はあまり残ってはいませんが、それでも十分に重厚感の残るお城でした。
次回はこのお城に鎮守する神社をご紹介します。

・・・と思ったら、そのデータがない!!!
二宮神社とかいう神社でした・・・。データが見つかり次第御紹介します(^^)


いやぁ、小田原も良き観光地です。電車で1時間もかからない場所なのでまた新たな場所を散策してみたいと思います。

次回からは、埼玉県の川越観光をご紹介します。
ではでは!!



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